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【オススメ度数★★★★】グエムル-漢江の怪物- ポン・ジュノ監督がみた資本主義への警告と怪物の正体に迫る!

監督:ポン・ジュノ 脚本:ポン・ジュノ 製作:チョ・ヨンベ 出演者ソン・ガンホ/ピョン・ヒボン(朝鮮語版)/パク・ヘイル(朝鮮語版)/ペ・ドゥナ/コ・アソン 撮影キム・ヒョング 編集キム・サンミン 配給 韓国:ショーボックス 日本:角川ヘラルド映画 公開 韓国:2006年5月21日 日本:2006年9月2日 上映時間120分 製作国:韓国 言語:韓国語

漢江に出現する“グエムル(怪物) 

※本記事は物語の結末に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
 韓国に初めて、カンヌ国際映画祭最高賞パルム・ドールをもたらした『パラサイト 半地下の家族』(19)。2020年1月現在、さらにアカデミー賞作品賞へのノミネートも成し遂げ、まさにフィーバー状態といえる。あまりの傑作ぶりに、監督のポン・ジュノはアメリカの人気トークショーに出演するなど、もはや英雄のような存在になった感がある。
 だがこの受賞、10年以上遅すぎたといえよう。なぜならジュノ監督は、それ以前からすでにパルム・ドールに値するような、規格外の傑作をいくつも撮りあげていたのである。そして、その代表格といえるのが、本作『グエムル -漢江の怪物-』(06)だ。同じくソン・ガンホを主演にソウルの貧しい家族の物語を描いた、『パラサイト 半地下の家族』の原型ともいえる本作。むしろこちらの方が、巨大な怪物が出現するという意味で、よりユニークだともいえる。 
 本作の主な舞台となるのは、首都ソウルを通過する広大な川“漢江(ハンガン)”流域。そこで育った巨大な爬虫類のような生物“グエムル(韓国語で「怪物」の意)”が、人々を襲い始めることから、物語が動き出す。グエムルのCGによる造形は、ピーター・ジャクソン監督が代表者を務め、業界の先端に位置するWETAデジタルが手がけている。
 ソン・ガンホが演じているのは、漢江のすぐそばで営業する露店で働いているパク・カンドゥ。ぼうっとしていて寝てばかりいる、やる気のない男だが、母親がいなくても元気にすくすくと育っている娘のヒョンソ(コ・アソン)を溺愛している。だが、突如として出現したグエムルによって、ヒョンソは連れ去られてしまう。
 カンドゥと、露店を経営するカンドゥの父親(ピョン・ヒボン)、大学は出たけれど職のない弟(パク・ヘイル)、マイペースすぎるアーチェリー選手の妹(ペ・ドゥナ)……普段は仲が良いとはいえず、バラバラに暮らしているパク一家は、全員が非常に頼りないものの、ヒョンソ救出のため一丸となって、閉鎖された漢江エリアに侵入し、グエムルがヒョンソを持ち帰った場所を捜索することになる。
 その障害となるのは韓国政府だ。グエムルが未知のウィルスを、接触した人間に感染させるという話が流布されたため、一家を隔離しようとする政府機関の追跡を逃れなければならない。当局の人間たちはヒョンソ捜索に全く協力する態度を見せないため、パク一家がヒョンソを救うためには、たとえ犯罪容疑者になったとしても政府の手から逃れて、自分たちの力でヒョンソの痕跡を追い続けるしかないのだ。
 さて、そんな本作が表現しているものとは、いったい何だったのだろうか。そもそも、グエムルが生まれた原因となったのは、海外の研究者が、“片付かないのが嫌”という身勝手な理由で、劇物であるホルムアルデヒドを大量に下水に流したためだった。これは、2000年に在韓米軍の人間がホルムアルデヒドを漢江に流したという、実際の事件を参考にしている。
 これは、米軍によってビキニ環礁で行われた水爆実験が引き起こした、「第五福竜丸事件」などの被ばく事件から着想を得た怪獣映画『ゴジラ』(54)の設定に近い。これによって、大国アメリカの傲慢さや、その力に支配されている自国の問題という、社会的なテーマが生まれてくる。その意味で、韓国と日本は非常に似通った社会構造を共有していることに気づかされるのだ。
 さらに本作では、韓国政府の一般市民に対する酷薄さも浮き彫りにする。カンドゥは、グエムル襲撃時に、漢江で遊んでいた韓国の人々を救うため、ひとりの勇敢な米軍兵士とともに、グエムルと戦っていた。その後、兵士は死んで英雄として称えられたが、同じように戦ったカンドゥは隔離される。そして、「娘を助けたい」と訴えても、頭がおかしい人物だとされ相手にしてもらえないのである。
 そこで立ち上がったのが、市民グループだった。彼らは差別的な隔離政策を行う政府に対し、「カンドゥを解放せよ」と主張し、デモ活動を起こす。
デモ活動を起こした市民が、強権的な政府に殺害されるという事態に陥った光州事件が、ソン・ガンホ主演の韓国映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(17)によって日本でも認知が広まったように、韓国では、そのような痛ましい事件を経験しつつも、市民によるデモ活動で民主化を勝ち取ってきた歴史が存在するのだ。

韓国の現実と戦う弱者たち

 1960年代から、「漢江の奇跡」と呼ばれる大きな経済成長を成し遂げてきた韓国だが、2000年代に入ると、雇用条件の悪化や、経済格差問題が目立ってきた。その事情を考えると、本作に登場する“グエムル(怪物)”とは、表向き繁栄する韓国が隠そうとする、裏側の現実を表現したものであるように感じられる。パク一家らは、そんな現実の犠牲になりがちな“貧しい人々”なのではないか。それを裏付けるように、真面目に努力しつつも、就職氷河期によって職を得られなかった弟が、自分の受けてきた境遇への怒りを、グエムルへの火炎瓶攻撃に込めているように感じられるシーンが、せつなくも熱い。
 本作で同情をもって描かれるのは、パク一家のように、貧しい側になってしまった者たちである。カンドゥは、父親が育児放棄して飢えさせられた過去があった。いまはそれを深く悔やんでいる父親の説明によると、栄養が足りなかったため、カンドゥはいまもぼうっとしていて寝てばかりいる人物になってしまったのだという。本作に登場する、川べりに住んでいる孤児は、かつてのカンドゥの姿でもある。彼が、カンドゥによって、お腹いっぱいにご飯を食べるラストシーンは、助け合うことの素晴らしさを表現する反面で、そのような格差を生み出してきた自国への怒りがこもっているように感じられる。そう、このテーマは、そのまま『パラサイト 半地下の家族』へと受け継がれているのだ。
 愛すべき個性的なキャラクターたち。政府からの逃亡を描いたサスペンスなどの娯楽演出の見事さ。暗示される社会問題。そして、本作で噴射される薬剤を美的に映し出すシーンに代表される、優れたアート性。本作のどれをとっても、監督の天才的な手腕が光っている。多方向に輝きを放つ、ブリリアンカットのダイヤモンドのような映画。それが本作であり、ポン・ジュノ監督作品なのである。
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