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【オススメ度★★★★★】戦場のピアニスト/激動のポーランドを描いた真実の物語

概要

第55回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールの栄冠に輝いた戦争ドラマ。第75回アカデミー賞でも作品賞ほか7部門にノミネートされ、ロマン・ポランスキーの監督賞、エイドリアン・ブロディの主演男優賞など計3部門で受賞を果たした。ナチスドイツ侵攻下のポーランドで生きた実在のユダヤ人ピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの自伝の映画化で、監督のポランスキー自身も、パリでポーランド人の両親のもとに生まれ、収容所で母親を亡くし、各地を放浪して生き延びたという体験を持つ。1939年、ナチスドイツがポーランドに侵攻。ワルシャワの放送局で演奏していたピアニストのシュピルマンは、ユダヤ人としてゲットーに移住させられられる。やがて何十万ものユダヤ人が強制収容所送りとなる中、奇跡的に難を逃れたシュピルマンは、必死に身を隠して生き延びることだけを考えていた。しかしある夜、ついにひとりのドイツ人将校に見つかってしまう。日本では2003年に劇場公開され、第2次世界大戦終結から70年目の15年に、デジタルリマスター版でリバイバル公開。

あらすじ

コンピュータの普及と、インターネット通信網の急激な拡充によって、わたしたちの日々の生活は、ここ数年の間だけで、飛躍的な変化を遂げた。人類の戦争史を知りたいというのであれば、手元の端末に指を当てて、さっとなぞらせるだけ。たったそれだけの操作で、ほとんどの過去を知ることができる。ある過去に生きていた人々より、現代に生きるわたしたちの方が、その過去の出来事について、広く熟知できるようになったのだ。

しかし、である。世界中の映画賞、映画祭を席巻した名作『戦場のピアニスト』(02)は、どんな過去にもアクセスできる現代の我々でさえ、まだ見ぬ戦争の一面があるという事実を、残酷なまでに突き付けてくる。

『戦場のピアニスト』は、ナチス・ドイツによるユダヤ人の迫害、すなわちホロコーストのまだ見ぬ側面を俯瞰する、史実に準ずる物語だ。1939年9月1日、ドイツ軍は、宣戦布告なしにポーランドに侵攻すると、翌2日には、首都ワルシャワを空襲し、北部のユダヤ人密集地域を集中的に空爆した。さらに同17日、ソ連軍が東ポーランドに侵攻し、同28日には、独ソ境界友好条約が成立。ポーランドは東側をソ連、首都ワルシャワを含む西側をドイツに占領され、ポーランドはほぼ二分された。

ウワディクこと、ウワディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)は、仕事場のポーランド国営ラジオ局でショパンの夜想曲を演奏していた。演奏の最中、爆撃の音とともにラジオ局全体が大きく揺れる。ドイツ軍の突然の攻撃だ。映画冒頭では、世界大戦の口火を切る、ドイツ軍のポーランド侵攻を緊迫感たっぷりに演出し、ウワディクの過酷な運命の幕開けを、爆撃を合図として告げている。その後、わずか数日の間で、ワルシャワはナチスに包囲された。

 

ピアニストのウワディクは、占領下のポーランドで数年間、ナチスの迫害に苦しめられることとなる。一切の財産を没収され、急造されたゲットー(ユダヤ人隔離居住区)への強制移住を迫られたのだ。さらに後年、ウワディクとその家族は、別の場所に移送されることとなった。行き先は、ユダヤ人抹殺のための死の収容所だった。期せずして、家族の中でたったひとり、ウワディクだけが助かった。ほかの家族は死の貨車に乗り、一家は離散してしまったのだ。しかし、その後も、ウワディクは、ドイツ軍がワルシャワから撤退するその時まで、戦場と化したポーランドで、生きるか死ぬかの苛烈な運命をたどることになる。

残酷な迫害を受けたウワディスワフ・シュピルマンは、戦後間もなく回顧録を出版した。この壮絶で奇蹟的な体験は、同じく、ユダヤ系の家庭に育った映画監督ロマン・ポランスキーにも大きな影響を与えた。本作『戦場のピアニスト』は、ウワディクの驚くべき運命を、巨匠ロマン・ポランスキーの辣腕ぶりで、見事映像化した真実の物語である。インターネットでさっと調べる、なんて容易いものではない。この映画を、この映像を観なければ、ホロコーストの全ては語れるはずがないのだ。

迫害の当事者が語る、稀有な「客観性」

巨匠ロマン・ポランスキーは、あの時代を描くことを長年、避けてきた。ポランスキー監督は、幼い頃を、クラクフのユダヤ人隔離居住区で過ごした。両親は、絶滅収容所へと送られ、孤独な日々を生きたという。ポランスキーはゲットーを脱出し、戦場のピアニスト、すなわちウワディクのように、戦火のポーランドを生き延びたのだ。父親は助かったが、母親は収容所で他界したという。ウワディクとポランスキーとは、その当時、面識こそなかったものの、あの時代をともに駆け抜けた同じ背景を持っている。

監督ポランスキーは、短編『Quand les anges tombent』(59)を唯一の例外として、迫害の恐怖に怯えたあの時代を、決して描くことはなかった。愛する母親を喪ったばかりでなく、自身の心にも大きな傷を刻んだあの戦争には、安易に触れるつもりはなかったのだろう。ホロコーストを描いた名作『シンドラーのリスト』(93)の監督オファーが舞い込んだときでさえ、彼はきっぱりと断っているほどだ。酸鼻を極める戦争が、幼いポランスキーに与えた影響は、あまりにも計り知れない。ポランスキーの記憶の奥底に眠る、向き合うことを避け続けた真実、それは、ウワディクの体験記との邂逅によって、再び目覚めることになる。

終戦後すぐに執筆されたウワディクの回顧録は、ホロコーストの被害者が書いたとは到底思えないほどの、驚きの中立的観点から書かれている。暮らしを奪われ、家族を奪われ、すべてを奪われたはずなのに、仇であるドイツ兵を完全なる敵としては描いていない。まして、同胞のユダヤ人だって、時には、鼻持ちならぬ描かれ方で活写されている。善と悪、陰と陽、光と影など、さまざまな対極関係の狭間、すなわち徹底した“客観性”を擁しているのだ。迫害の被害者である筈のポランスキー監督は、なぜ自身の体験談を描こうとはせず、なぜ彼は、ウワディクの回顧録を題材に選んだのだろう。全ての答えは、原作に見る“客観性”なのだ。

監督は、過去の取材に対してこのように語っている。「彼の本には悪いポーランド人も出てくれば良いポーランド人も出てきます。ちょうどユダヤ人やドイツ人にも善人と悪人がいたように……。私は原作のそんなところに強く惹かれ、映画化しようと思ったのです」と。

旋律による救済と、故国への愛の暗示

ドイツ軍によるポーランド侵攻から戦争終結までの数年間、ウワディクは無慈悲な迫害によって多くのものを失った。家族を亡くし、故国を奪われ、すべてを壊された。それに、隠れ家での暮らしはさらに峻烈を極めた。同胞のユダヤ人パルチザンが起こしたワルシャワ・ゲットー蜂起を隠れ家の窓越しから目撃し、多くの仲間の最期を見た。

同胞を亡くし、自分だけが生きている罪悪感。罪の意識に苛まれながら、常に死と隣り合わせの絶望的な状況下で、ウワディクは救済を求めた。どんな時にも彼の希望となり、唯一の救済者となったのは、“音楽”の存在だった。

劇中で演奏されるピアノ曲は、ベートーヴェンやバッハなど、名作曲家による聴きなじみのある旋律だ。その中のほとんどは、フレデリック・ショパンによる楽曲で、劇中のウワディクが奏する調べは、ショパンの作品のみである。“ピアノの詩人”と称されるショパンは、ポーランドを代表する作曲家、ピアノ奏者のひとりだ。即ち、彼の作曲する音楽というのは、その多くがポーランドをルーツとするものである。ウワディクがショパンのみを演奏するという点は、かれの故国への愛を表出しているのだろう。

映画の冒頭、国営ラジオ局の爆撃のシーンで、ウワディクが演奏している作品は、ショパンの「ノクターン第20番嬰ハ短調」だ。ノクターンとは、しばしば夜想曲と訳され、夜が更ける静かな空間で、ゆったりと想いを馳せるような、情緒のある音色だ。また映画の終盤では、戦後に再開されたラジオ局の場面でも、この夜想曲がふたたび演奏されている。映画の最初と最後で流れる、最も印象的な音楽であり、『戦場のピアニスト』のテーマ的な旋律なのである。また、映画の中盤では、登場人物のそれぞれの“故国”が音楽の奏でにより暗示されている。

映画は中盤、第二次世界大戦末期となる1944年8月1日、首都ワルシャワでの武装蜂起によって、街は再び戦火に包まれる。同年10月2日、約20万人の犠牲者を出し、ポーランドの抵抗組織は敗退。市内の建造物の8割以上が破壊され、街は焦土と化した。行き場を失ったウワディクは、なにもない空中で、ピアノの鍵盤を弾く仕草をし、想像上のピアノに救済を求めた。すると、瓦礫の山と化した街の片隅から、ベートーヴェンの調べが微かに響き渡ってくる。好奇心に釣られて、音の方向に歩を進めると、そこにはピアノがあった。そして、ドイツ軍兵士、ホーゼンフェルト大尉との思いがけない出会いに繋がるのだ……。

ここでのベートーヴェンの旋律は、大尉のドイツへの故国愛を表現している。流れてくる音楽は、ドイツの作曲家ベートーヴェン作の「ピアノソナタ第14番嬰ハ短調 作品27の2」、通称「月光ソナタ」と呼ばれる名曲だ。ショパンを一貫して演奏するウワディクのように、ベートーヴェンが奏でられていることは、その人物にとっての故国を表わしているのだ。もちろん、この楽曲を演奏している人物は、ドイツ軍のホーゼンフェルト大尉である。

『戦場のピアニスト』は、音楽をある種の“救済”として描くと同時に、他方では、その人物の故国を表わす有効的なツールとして機能しているのだ。

2002年製作/148分/フランス・ドイツ・ポーランド・イギリス合作
原題:The Pianist
配給:ブロードメディア・スタジオ
日本初公開:2003年2月15日

スタッフ
キャスト
  • ウワディスワフ・シュピルマン/エイドリアン・ブロディ
  • ヴィルム・ホーゼンフェルト大尉/トーマス・クレッチマン
  • 父/フランク・フィンレイ
  • ユーレク/ミハウ・ジェブロフスキー
  • ヘンリク/エド・ストッパード
  • 母/モーリン・リップマン
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